
この日記は何回かに分けて、私、けいこがslowhikeを始めるまで
歩んできたことをお話しする日記です。
今回からは社会人編
会社を4社、点々としたお話です。
1社1話な感じで書いていこうかな?と思っています。
ということでこのシリーズの残りは5話くらいを目処に書こうと思います。
学生時代はずっと自分の好きな服や課題で与えられたアイテムを自分でデザイン、製図、製作という手順でしかもの作りしたことなかったのに急に量産という大海原に投げ出されました。
今思うと服作る以外のことなんで勉強しないんだろう。
まぁ学生なので興味もないと思いますが。
学生時代の勉強はほぼ意味をなさなかったです。
PCでイラストを描くということもできなかったので
まずイラストレーターのソフトを触る学校に
春休みに通わせてもらいました。
最初の会社にハウスデザイナーとして就職しました。
求人の探し方は正直社保完備で初任給がなるべく高いところ。
尚且つ職種はデザイナー。という感じで探しました。
なので仕事内容は何をするのかよくわかっていない状態でした。
1社目は1年半で退職することになります。
営業が2人、デザイナー私含め2人、
社長含め5人の会社でした。
入社してから気づくのですが、カットソー屋さんでした。
詳しくお話しするとかなり長くなるのでかつく説明しますが
そうなのかと思っていただければ助かります。
カットソーというのはニットに近いので、ニット科というのが
服飾の学校ではあるのですが私は布帛(織物)しか扱ったことがなかったので
少し難解でした。先輩に簡単に詳しく目付のことを教えてもらいましたが
慣れる前に退職してしまったので詳しく知識を広げることはできませんでした。
仕事内容はPCでイラストレーターで絵を描いて
配色を決めて、生地を決めて、工場指示用の仕様書を書く
というのが主な仕事でした。
生産は中国で行っていたので
中国の工場の生産管理の方とのやりとりが多かったです。
イラストを描いたり、簡単な仕様書を描いたり、
生地スワッチ、ビーカー(工場で染色した生地サンプルをチェック)
などの業務が主でした。
6ヶ月が過ぎた頃、突如「雑貨をやる!」と社長が言い出し
どう考えても仕様書書ける人間が2人しかいないので
私が1人で雑貨の担当となります。
当時の雑貨というのはアパレルと比べて世に出ているものも少ないし
工場もちょっとテキトーなところが多くて、1stサンプル、2ndサンプル
と作っていくとパーツが丸だったり、四角だったりで全然仕様書通りに
作ってくれないことが多く、指示書に書いてあるのに違うパーツがついてて
よく社長にめっちゃ怒られてました。理不尽!笑
1年以上過ぎた頃、急に路面店のショップをやる!
と社長が言い出し、ショップの従業員1人を雇っていました。
販売員いないから販売してこい!と言われます。
ここで販売員どうしてもしたくなかった、
本当はアパレルのデザイナーがしたかったのに雑貨のデザイン・販売管理をしていて、デザイナーというより売れてるものをサンプルとして購入して
形・サイズはそのままで色や生地だけ変えて自分たちのブランドとして売り出す。
これはデザイナーと言えるのか。と思っていたところに
当時の私は販売員はどうしてもしたくなく退職をすることになります。
社長にはよくしていただきましたので
今思うともったいなかったなーとは思いますが
当時の決断なのでまぁそれでもよかったかな。と思います。
ということで山の話は全然出てこない社会人編その1でした。
再就職とか全く考えず、急に退職して東京で1人暮らしを続けます。
次回は社会人編その2を書いていきたいと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!