
この日記は何回かに分けて
私、けいこがslowhikeを始めるまで
歩んできたことをお話しする日記です。
前回は高校進学までのお話を書きました。
今回はその続き、専門学校時代の前編です
15歳の、ぼんやりとした確信
服飾の学校に進んだのは、服が作りたいという気持ちはもちろんだったけど、もうひとつ理由があって。
衣食住の「衣」に関わる仕事なら、デザイナーじゃなくても
何かしら仕事はあるんじゃないかなって、15歳なりにぼんやり考えていたんですよね。
「わかんないけど、たぶん大丈夫」くらいの感覚でしたが、
今思うとあながち間違っていなかったなと思います
服を作ることが好きで、それに関わる仕事がしたい。
ただそれだけの、シンプルな動機でした。
でもその「シンプルさ」が、その後の長い道のりを支えてくれたような気がしています
高校3年生、進路が変わった夏
3年間の高校生活を過ごすうちに、
進路の希望が少しずつ変わっていきました。
高校3年の夏ごろ、「スタイリスト」という仕事の存在を知って、
それを学べる学校に行きたいという気持ちが芽生えて。
気づいたら進路希望がそちらに変わっていました
でもその冬、交通事故に遭いました。
膝の靭帯を切って、しばらく入院することになって。
リハビリもきつくて、「今年の進学は諦めようかな」という気持ちになっていた時期もありました。
ベッドの上でぼんやりしながら、
これからどうしようかなってずっと考えていたような記憶があります
そんな時に背中を押してくれたのが姉で、
その言葉があって進学を決めました。
結果的に希望していた学校とはご縁がなく、
文化服装学院の「服装科」に進学することになります
あの事故がなければ、
全然違う学校に進んでいたかもしれない。
人生って不思議だなと、今でも時々思います
専門学校、最初は楽しかった
1ヶ月に1品ペースくらいで課題が出るカリキュラムで、
周りからは「課題が多くてきつい」と聞いていたのですが、
高校から服の勉強をしていた私にとっては最初のうちはそこまで苦ではなくて。
実家から新宿まで片道1時間半ほどの電車通学をしながら、
次々と出てくる課題をこなしていく日々が、
なんだかんだ楽しかったように思います
デザインして、パターンを引いて、裁断して、縫って。
その繰り返しの中で少しずつ自分の技術が積み上がっていく感覚があって、
それが純粋に嬉しかった。
高校時代に感じた「自分が描いたものが立体になっていく楽しさ」が、
専門学校でさらに広がっていく感じでした
1年生の終わり、気持ちが揺れ始めた
1年生の終わりが近づいてくるころ、
少しずつ気持ちが変わってきました。
毎日の長距離電車通学がしんどくなってきて、
「もう実家を出たいな」
という気持ちが膨らんできたんです。
1人暮らしは反対されていたので、
「だったらいっそ就職しちゃおうかな」なんて考え始めて
今振り返れば卒業してからでよかったじゃないかとわかるのですが、
当時の私はどうしても早く動きたくて。
じっとしていられない性格というか、
思い立ったら動かないと気が済まないというか。
学校の求職コーナーをいろいろ眺めていたある日、
一件の求人が目に入りました
個人スタイリストのアシスタント募集。
14人ほどの応募の中から1人だけという狭き門で、
「まだ卒業もしていないのになぜ?」と言われながらも、
採用してもらえることになりました。
今思うとかなり無謀だったのですが、
当時の私にはそんなことよりも「やってみたい」という気持ちの方が強かったです
両親への報告
採用が決まってから、両親に話をしました。
学校を辞めて、就職して、家を出たい
今思えば反対されて当然の内容を、一気に話したわけです
でも両親は、ひとつだけ条件をつけて了承してくれました。
「学校は休学にして、いつでも復学できるようにすること」と
反対するより先に、子どもの気持ちを受け止めてくれた両親に、
今になってすごく感謝しています。
あの時の判断が、その後の私のいろんなことに繋がっていくので
さて、スタイリストのアシスタントとしての日々はどんなものだったのか。
続きはまた次回に書いていこうと思います